教育はあきらめている

先を見通す力を育てます

このような母親や教師は、土曜日と日曜日のあることをどのように考えているのでしょうか。また、家庭生活をどのように考えているのでしょうか。土曜日や日曜日は、家庭にとって大切な日です。一家がすべての仕事や勉強から解放されて団欒を楽しむ日です。それに、親戚や友人が参加するかも知れません。

  • 育てることは個性を
  • 幼児の表情は少し明るくなります
  • しつけはもともと

子どもは目にしたものは何でもいじろうとしますそして

それなのに、たくさんの宿題を出すのは、オーバーな言い方になるかも知れませんが、一家を不幸におとしいれているのです。るこはだ家をい囲合し力てカに両とそれに気付いたある母親は、「土曜日や日曜日に宿題がでたら、それをやらなくてもいい。お母さんが先生にお手紙を書いてあげるから……」と言って、手紙を書きました。「土曜日から日曜日にかけて、親戚が来て家庭の大切な営みをいたしましたので、宿題をする時間がありませんでした。親戚とのつき合いは、家庭としての大切な営みであると考えましたので、どうかご諒承下さいますよう」というものでありました。幼児教室

育てのカギを握ると言っても過言ではない物質ですで
育てのカギを握ると言っても過言ではない物質ですで

育てるための刺激の出番です

いかなるほかの動物にもない人間だけのそのことばを覚えるのは、一にも二にもくりかえしによる。五回や十回では足りない。五十回、百回でも充分ではない。何百回、何千回とくりかえす。そのうちに自然にことばが理解される。この言語学習の原理を知らないで失敗するお母さん先生が何と多いことであろう。しっかりしたことばの教育をすれば、こどもの頭もよくなる道理。

子どもに対してボケ役になりきり

熱いうちの鉄をいい加減にたたいておいて、さめて冷たくなり、陶冶性も低くなった学齢期になってからはじめて、学力があるのないのと騒ぎ出すいかにも間が抜けているこどもはお母さんのことばをお手本にしてことばを身につける。お母さんにはよほどしっかりしてもらわないといけない。この幼児のことばが、ただ、ことばだけにとどまらず、知能や性格にも深い影響を及ぼす。昔の人がよく、三つ子の魂ということを言った。生れてから五、六十カ月のことばの教育はこの三つ子の魂と知能の基礎をつくり上げる大切なものであるこのごろ大学を出る女性が多くなった。

幼児の方では

こうした点で、現在の日本を考えてみますと、民主的になったとはいえ、大人たちの心の奥には、まだまだ封建時代における差別の意識が残っていることに気付くでしょう。そのような意識の両親や教師が、子どもの教育を担当しているようでは、子どもに民主的な教育をすることは不可能です。形を教え込みながら、古い時代の教育をしてしまっているということになるのです子どもの内面のよさを見抜いたしつけをそこで、われわれ大人が、本当に、個人を大切にし、男女の間の差別や、社会的地位による差別がないかどうかを、おじぎを中心として検討してみる必要があると思います。そこから出発しなければ、本当の教育は行われずに、形を整えることばかりに走ってしまい、幼い子どもの場合にはそれが成功しても、思春期以後になると、大きく反発する人間になってしまうでしょう。食事中や来客中の行儀にしても、同様のことがいえます。

育ててあげたい……
育ててあげたい……

幼児たちに代って叫び続けなけ第一に

行儀がよいということが、内面的な発達と結びつかない限り、それは、「人からほめられたい」という利己的な意識のみであり、他人への思いやりからではありません。他人とともにいて、相手の心になごやかな気持を与えるということに行儀の意味があるとすれば自分が相手にどう思われるか-ということではなくて、相手に対する思いやりから出発する作法でなければならないのです三人の息子さんを持つお年寄りが、入院中に私に言っていたことです。それぞれの嫁が病院に見舞に来るのですが、長男と三男の嫁は時間通りに来て、あれこれと見舞ってくれて、行儀もきちっとはしているのだが何となしにぴったりしないところが次男の嫁は、来たり来なかったりで、だらしないところがあるし、行儀もよくないが、ぴたっとしたものが感ぜられる。それが何だろうか-という質問でした。思いやりというのは、結局は、相手の気持を汲んで感じることであり、それが行動になって出てくるときには、たしかに形式もあるが、そうでない行動に現れてくることがしばしばあるのではないでしょうか-と私はお答えしたのです。